「クフフ・・・手ごたえの無い方たちだ」



足元に広がる、先程まで生を営んでいた者達に向けて骸は薄く笑いながら呟く
薄暗い空間の中には鉄の臭いが充満していた
微かに足を動かすだけで、赤い水が波紋を生み出す
出口に向かって歩を進めるたびに、ピシャピシャと湿った音が響き渡った





―――セ・・ロ・・・





「!」





刹那

自分と屍しかないはずの空間に、掠れた声が微かに聞こえた

ここにいる人間は、全て殺したはず

まさかと思って周囲を見渡しても動かない躯しか存在するものは無い
気のせいだろうかと思い、三叉矛の切っ先を僅かに下げたのだが
次の瞬間に現れたモノに、今度は三叉矛を取り落としそうになった




「!!!」




骸の前に現れたもの、それはこの世のものではない明らかなる異形のモノであった
人の手足のような四肢を生やしてはいるが、尾を生やし手足には鋭利な爪が生えている
さらに異質なのが、奇異なる体の中でとりわけ目立つ其の仮面そしてぽっかりと空いた孔だった

何処か絶対的な虚無感を感じさせる其の孔に、骸の肌がぞわりと粟立つ 

しばし其の異形に驚き目を見開いていると、ゆっくりと仮面の口が、だらりと舌を垂らしながら開いた





『喰ワ・・セロ・・・人間

 オマエハ、美味ソウナ嗅イガスル・・・』




低く這う様な其の声音に、冷や汗が流れる
しかし、骸は「クフフ」と小さく笑うと、異色の赤の眸に『四』の数字を浮かべた




「生憎、僕は化け物にやるような安い命は持ち合わせていないのですよ」




いいながら笑えば、異形の者はこの世のものとは思えぬような唸り声を上げながら
骸の体に向かい一直線に突進した


化け物の唸り声と、その姿に一瞬怯んだものの
俊敏な動きでその一撃をやり過ごす


第二撃に備え、体制を立て直そうと上げた視線の先で、ひらりと、何かが舞った



骸の視界で一瞬其れを捉えたかと思った次の瞬間
耳を劈くような悲鳴を上げながら化け物は地に伏す


ズドンと地に響くような音を立てて倒れ伏した異形の者の躯は、次の瞬間にはさらさらと粒子になって消えて逝く



何が起こったのか解らないこの状況の中、めまぐるしく動き回る思考を置いて
骸の視線は、粒子の向こう側に引きつけられた



砂のように舞い上がる化け物の死骸
其の向こうに全身が漆黒に包まれた、人影を見る



消える粒子は花弁に変わり、その人影を取り巻くように舞う
血の様に赤く美しい花弁を周囲に舞わせた人物はゆっくりと振り返るとその双眸で骸を射抜いた




漆黒の眸、白磁の肌、美しく切りそろえられた眸と同じ漆黒の髪
同じく闇に溶けるような漆黒の着物に、闇の中に唯一輝く一振りの刀



眼を奪われた


其の姿に

其のあまりにも優美に佇む漆黒に





「貴方は・・・誰ですか・・・?」




骸は、思わず女に尋ねる

闇に調和したその女は、薄紅色の唇を妖艶に歪ませると言う





「何も知らなくていい・・・」




ふっと、一瞬その姿が消える

驚きに眼を見開くと、その漆黒は目の前に迫っていた

吐息がかかる程の距離


美しい闇は漆黒の中に一筋赤い弧を描くと繰り返し言う





「何も」





刹那、急激に意識が落下して逝く

女の、その漆黒をこの異彩色の眸に焼き付けて









    邂   逅

 

 

 

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