「っ〜きつい・・・!」


学友である鳥居さんを探し、一連の怪異の原因を探る為

若をはじめ、奴良組の者達が元凶を探るべく皆一様にうわさの電車4時44分発の電車に乗り合わせていた

電車の行き先は様々である為、分担して乗ったまでは良いが

どうやら帰宅ラッシュというものに遭遇してしまったらしい私は、人の波にもまれて身動きの取れない状態に追いやられていた

まだ4時と早い時間であるからと油断していた・・・まさかここまで帰宅ラッシュなるものが凄まじいとは・・・

ぎゅうぎゅうと人に押されながら怪異の元凶と鳥居さんの手がかりを探す為キョロキョロと周囲を見回す


しかし、決して私は背が低いわけではないのだが、私よりも背の高い男性などに囲まれてしまった今の状況では周囲の状況がほとんどと言って良いほどに分からない

猩影君ほどの背があれば、容易なことなのかもしれないが・・・

などと考えながら小さく嘆息していると、急カーブに差し掛かったためか車体が大きく揺れてバランスを崩してしまう

慌てて立て直そうとするも、時既に遅く、目の前に立っていた仕事帰りの男性の背中に多きく寄りかかってしまう形になった



「す、すみません」


「いえ・・・」



慌てて離れて謝ると、男性は一瞬こちらをちらりと振り返ってからすぐに再び正面へと向き直った

僅かに怪しい視線を感じたのだが、それも杞憂として窮屈な状態でなんとか体をよじりながら周囲の観察を再び始める



「ん・・・?」



きょろきょろと周囲を見回していると、ふいに太ももの辺りに違和感を感じた

まぁ、ぎゅうぎゅう詰めのこの社内である

荷物か何かの類が多少触れただけであろう、と再び社内に視線を巡らせる




っ・・・!?



今度ははっきりとした感覚だった、間違いなく何者かが私の太ももに手を這わせている

これが俗に言う・・・痴漢というものか・・・!!

鳥居さんが以前遭遇したのだと巻さんが息を荒くしながら話していたことを思い出す

足を這う誰のものかわからない手の感覚に、ぞわぞわと肌が粟立つ

しかし振り返りこの手の主を捕まえようとするも、人で溢れんばかりの社内では満足に身動き一つ取れない


「わっ・・・!!」


さらにここで先ほどのような急カーブに差し掛かってしまったから最悪だ

バランスを崩した為に自らその手の主のほうへ体を預けることになってしまった

真後ろにいるのは先ほどの仕事帰りの男性・・・犯人はあの男なのだろうと悟る

そんなことを考えていると、なおも下肢に触れてくる手はスカートの中へと侵入しようと動きを変えていた

肘打ちでも決めてやろうかと思案していると、

明りのついた電車内にもかかわらず、頭上にぬっと影が落ちる

そして次の瞬間には痴漢と思しき私の後ろの男の頭に、大きな手が掴みかかっていた



「オッサン・・・何してんだ

 
そいつぁ俺の女だぜ


「しょ・・・猩影君!」


「大丈夫ですか、姐さん」


「う・・・うん・・」



コクリと頷く私に、猩影君はほっと息をつきながらも掴んだ男性の頭へ加える力は緩めていないようで

男性は私への痴漢もやめて、必死に猩影君の手をはがそうともがいていた

まさか猩影君が同じ電車、しかも同じ車両に乗っていたとは・・・・



「俺の女に痴漢たぁ・・・殺されてぇか」



静かに唸るように言う猩影君の声には明らかに怒気と殺意が含まれており

掴まれている男性のみならず、周囲の乗客までが縮み上がる



「しょ、猩影君

 もう大丈夫だから・・・」


「しかし・・・姐さんが嫌な思いしたとあっちゃぁ生かしておけねぇ!」


「そう・・・だけど・・・

 大丈夫だから」




ね?といえば猩影君はしぶしぶ男から手を離した

猩影君の力ならば、この男性の頭など容易に握りつぶしてしまうだろう

開放された男性は荒く息を吐きながら掴まれていた頭を押さえた

そんな男性に猩影君は「次、こんな真似しやがったらただじゃおかねぇ」と凄んだ

男性は痛む頭を押さえながらコクコクと壊れた人形のように大きく頷くと

丁度良く停車した駅で逃げるように降りていった



「ちっ・・・こっち来てください姐さん」


「え・・・ちょっと・・・!」



ぐいっと腕を掴まれて猩影くんのほうに引き寄せられる

満員であるにも係わらず、猩影君の下への道はすっと開いた

先のことがあるため、皆猩影君に少々恐れを抱いているのかもしれない


ぽすんと猩影君の体に当たって止まると、猩影君はぎゅうと腕で私を自分の体に引き寄せた

ぴったりと密着する形に赤面しそうになる



「これで誰も痴漢しようなんて奴ぁいねぇはずです」


「そ、そうだけど・・・」



猩影君はなにやら警戒した様子で周囲を見回す

周りの人は猩影君と目を合わさないようにしているのか、俯くばかりだ



「目の前で姐さんに手ェ出されちゃ黙ってられねぇ

 姐さんは・・・その、俺の女なんですから」



赤面しながら呟いた猩影君に、今度こそ顔が真っ赤になった

これだけ大勢の人数の前で猩影君の言った言葉にもそうだが、言われた言葉が嬉しくて気恥ずかしくて

私は猩影君の腕の中でコクリと小さく頷くのが精一杯であった





















電車も終点に差し掛かりかけた頃、ポケットの中の携帯が震える

取り出してみれば「解決した。鳥居さんも無事だよ」という若からのメールであった

携帯の画面を猩影君に見せれば、猩影君もほっとしたようで息を吐く

となれば電車に乗っていても仕方がないので、私と猩影君は電車から降りる

なによりもこのすし詰めの車内にずっといるのに些か疲れていた


幸いにも本家にも近い駅であったため、猩影君と私は歩くことにした
のだが


「猩影君、いつまでこの状態・・・なのかなぁ・・・」


車内と同じように、ぴったりと猩影君にくっついた状態で歩いている私

なぜそのような状況かというと、猩影君が私を引き寄せたままである為だ



「またなんか姐さんにあっちゃいけねぇ

 だからこうしてるんです」



「そっか・・・」



長身である為目を引く猩影君に、さらにぴったりとくっついた私となれば周囲の人の好奇の目を引く

じろじろと見られるその視線に僅かに萎縮しながら、猩影君の顔を見上げて言った




「ねぇ、猩影君」


「なんです?」


「なんでずっと敬語なの・・・?」




首を傾げて問うと、猩影君はうろたえた様に目を丸くした

付き合って日は浅いので慣れないせいもあるかもしれないが、「姐さん」という呼び方や敬語には日の浅さだけではなくて距離を感じる

何より猩影君は告白してくれた日に、「俺は奴良組の者だからじゃねぇ、一人の男として姐さんを守りたいんです」と言ってくれたのだ

そこに上下の関係は、無いと思っていたのに

いつまでたっても彼の敬語が取れることは無かった




「それは・・・」


「やっぱり組の上の者にしか、見れない・・・?」


「違う!」



大声で言われ、思わず体がびくりとはねる

猩影君はそれに「すみません・・・」と小さく謝ると続ける



「俺は・・・姐さんを・・・を愛してる」


「!」


「ただ、憧れの存在だった姐さんが自分の、俺だけの人になったってのに

 実感が沸かなくてビビッちまって敬語で喋っちまって・・・情けねぇ」



フードを目深に被りなおした猩影君の表情は上手くうかがうことが出来ない

ただ、組の上の者にしか見れずに距離を置こうとしているという訳ではなかった事に心底安堵する



「さっき電車で、私のこと"俺の女"って猩影君が言ってくれたの

 すごく嬉しかった」


「・・・」


「私は、猩影君だけの女だよ」


「っ・・・」



だから、敬語はやめてね・・・?と笑って言うと、猩影君はフードを押さえていた手をおろして微笑んだ



「ごめんな・・・


「ううん」



ぎゅうとさらに引き寄せられて、やはり気恥ずかしかったのだがそれよりも今は嬉しさの方が大きかった






「なに?」


「愛してる」


「・・・はい」



電車ですし詰めになっていたときよりもずっと縮まった彼との距離が、ただただ幸せだった













(おう、猩影遅かったな・・・って何でお前とそんなくっついてんだ

 離れろ!

(そいつァ三代目の命令でも無理っす)

あぁ!?

は俺の女ですから)

(っ〜猩影君!!!!!)

はぁ?!

(あれ、リクオ様知らなかったんですか?

 さんと猩影くんは恋仲ですよ)

(なん・・・だと・・・?いつからだっ・・・!!)





 

文才降りて来い
頼むから・・・狒々様に引き続き偽者やーん・・・