つらい歴史の中を


  人は歩まなければならないのか







戦場の叫び












ここ最近、伯爵の動きが急に激化し始め
各地では奇怪の調査に向かったエクソシストや、探索部隊の訃報が絶えることがない





しかし、教団の室長という立場である以上その現実にも向き合い
早急な対処が必要とされる今、精神的にも肉体的にも確実に僕の身体は疲労に蝕まれている





今日も必要な書類の整理、
死んでいった探索部隊や、エクソシストの火葬の処理などで休む間もなかった










「ぐああああああっ!!」







「早く、止血を!
 圧迫の仕方が分からないなんていうなよ」











通りかかった医務室から、男の低い悲鳴と
聞きなれた少し低めの女性の声が聞こえふと足を止める





医務室から出てきた彼女は血まみれの手袋をゴミ箱に捨て、ふらふらとそのまま談話室の方へと向かって行った



勘の良い彼女が僕の存在に気づかなかったことから、彼女もまた僕と同じようにかなりの疲労に見舞われているのだと悟った

















コーヒーカップを手に持ち、彼女のいるであろう談話室に向かえば
案の定そこには、ソファに沈むようにして座っている彼女の姿があった


彼女の横まで近づいてみても彼女はどこか宙を見ていて、やはり僕の存在には気づかない






「はぁ・・・」







「お疲れ様」







「コムイか・・・」






「コーヒー飲む?」







にっこりと笑いながら、彼女の為に入れてきたコーヒーを差し出す。







「あぁ、ありがとう」





いつもなら、いらないといわれるのだが、今日の彼女は微笑みながら受け取ってくれた
そのまま、彼女の隣に座りコーヒーを飲む彼女を見つめる
コーヒーを飲んだ彼女は一瞬顔を顰めると「苦い」と呟いた。




「タバコの味のが苦いと思うけど?」




そんな彼女の様子に、僕は苦笑しながら言う




「アレはもうなれたから平気なんだよ」





彼女は、僕の方をちらりと見ると口に薄く笑みを浮かべながら言った。
その彼女の言葉に、僕は笑ってしまう








「何無理して笑ってんだ?」








不意をつかれたその発言に、僕は一瞬息を呑む
どうして、どうして彼女には分かってしまうんだろう
そんな思いを胸に抱きながら、苦し紛れに「何が?」と問い返す









「安い演技は止めろ。バレバレなんだよ」








そういわれて、僕の中に残っていた僅かな虚勢の仮面が剥がれ落ち自分の顔から笑顔が消えたのが分かる。


こんな情けない顔、ちゃんには見て欲しくなかったな

なんて思うが、一度なくなった仮面は元に戻ってくれない








「何で、ちゃんにはばれちゃうのかなぁ・・・?」







「ばーか、わかんないほうがおかしいだろ」







「ははっ・・・相変わらず厳しいね」






「また、自分の責でだれかが死んだと思ってるのか?」







ドクン





彼女の言葉に僕の心臓が、大きく脈打つ。
あまりに確信をついたその言葉に、返す言葉を探しあぐねる







「・・・また、エクソシストや探索部隊が死んだ・・・
 
 彼らを戦場に追いやったのは・・・僕だ・・・」










数秒の後に返した言葉は僕の心の中のトゲ

深く深く突き刺さったソレを僕は、初めて人前に晒す









「違うな。追いやったのはお前じゃない。
 
 神だよ」









「・・・ちゃんが神なんて言うのは珍しいね」







「神なんて信じてないからな。

 でも、そんな一人で抱え込んでいるお前見たら・・・縋りたくもなるだろ・・・」








ちゃん・・・」











初めて晒したそのトゲが彼女の一言で少し抜け落ちた気がした。

一人、誰にも弱音を吐けず溜め込んでいた言葉を彼女に告げることで、僕はどこか救われた気がした











「なぁ・・・コムイ

 
   俺をヘブラスカのところに連れて行ってくれないか?」











数秒の間のあと発せられた彼女の言葉に、僕は言葉を失う。
彼女の顔を見れば、その目は真剣そのもので彼女は本気なのだと訴えてくる
しかし、僕はそれを素直に「いいよ」と言って受け止める事が出来ない

それは・・・・僕が君を戦場に向かわせるということ













真っ白な白衣に所々点在する黒く変色した血


 ソレは君には、ひどく不釣合いで











 
たとえ神の怒りに触れても


     君を傷つけたくはない









傷つくのは僕だけで十分だ