秀吉様が家康に討たれたのは、私の涙の如く忌まわしい雨の日だった

が死んだのは、最早涙も出なくなった私を嘲笑うような、憎き晴れの日だった












秀吉様がお亡くなりになり、私は毎日のように戦場を駆けた

家康の首を討つべく、憎きあの男の息の根をこの手で止め

あのお方の道を遮ったことを、あの世でも後悔するような凄惨な死を与えるために

行軍を続ける日が重なるにつれて、兵が疲弊していくのは分かったが

日増しに近隣の国々を懐柔し力を増していくあの男を討つためには、足を止める訳には行かなかった

私の身体にも、疲労は募っていたのだろうがあの男への憎しみで動くこの身体は、疲れなどとうに感じなくなっていた

兵も刑部もも私の身を案じたが、それでも足は止めなかった

時折糸が切れたように数刻倒れるらしい私が起きるその度に、涙の跡の残る顔で微笑むの姿がそこにはあった

その顔を見る度に胸が痛む気がしたが、秀吉様を失って麻痺した心には、それすらも違和感のような痛みとは違う何かのようにしか感じられなかった

無理をしないで休めと言うを冷たくあしらい、その温かな手を跳ね除けて進む

そんな毎日だった






憎らしいほどの晴天だった

私を嘲笑うような、全てを奪い取るようなそんな晴天だった



「っ・・・・・・!!!」


「みつ・・なりさま・・・・」



後悔してももう遅い、もともと多くは抱えていない私の手の平から一つまた零れ落ちたのは

後悔するのも許し難い、この手が二度と温もりを宿さないのは



「死ぬな・・・!!私はお前が先に逝く事など許可しない・・・!!!

 私を・・・私を置いて逝くなっ・・・!!!」


「置いてなど・・・逝きません・・・

 私はずっと・・・お傍に・・・」


虚ろな視線を彷徨わせて、自分の身を支える私の姿を捉えたのか、私の方を見ながらいつもの笑みを見せた

近くに来た刑部の気配を感じ取ったのか、掠れた声で私の事を頼むと刑部に告げる

「あい、わかった」と刑部が言えば、嬉しそうに笑う

何故、命の灯が消えかかっていると言うのに、笑うのか

問おうにもあの時と同じく失われていく体温に、私の喉は震えるのを止めていた

ただ強く手を握ることしかできず、最早痛みも、体温も感じていないのであろうはそれを咎める事もない

徐々に光を失っていくの双眸から目を逸らすこともできず、声を上げることもできないままの私にはもう一度笑んだ

晴天は、私の心にもう一度消えない痛みを刻み、瞼にはその美しい死に顔を焼き付ける

それらはどれだけ時を経ようとも褪せることがなかった

どれだけ時を経ようとも











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私は雨が嫌いだ

纏わり付くような空気と、どうしようもない喪失感を味あわせる雨が嫌いだ

その日は決まって、同じ夢を見る

雨の中で臥すその方の前で、ただただ立ち尽くして自分の無力感と激しい憤怒が身を支配する夢を

叩き付けたい思いをどうすることも出来ずに、慟哭する夢を




私は晴れの日も嫌いだ

中でも雲ひとつ無い晴天が、最も嫌いだ

太陽の光が鮮明に映し出すその顔は、夢が覚めても私の瞼に焼き付いて離れない

夢の中の私は泣くことも、叫ぶこともせずに、ただその顔を眺めている

雨の日の夢とは違い、声も、涙もでない

ただ一つ空虚になった心に浮かぶのは、美しい死に顔の娘の名前だった





今日は曇天だった

私が眠っても唯一、心を揺さぶる夢を見ない天気だ

だから私は、物思いに耽る時は決まって曇りの空を眺めていた



「曇り空、お好きなんですか」



女の声がした

この場所には私以外に人はいない

私に話しかけているのは分かったが、返事はせずに空を眺め続ける



「私もね、一番好きなんです曇り空」



女は構わず私の横までやってきて、空を見上げる私の横に立った



「何度も夢に見る、大切な人の顔

 太陽の光でぜんぜん見えなくって

 夢が曇りだったらその人の顔見えるかなって、思うんですけど

 晴れの日しか見れないんです、その夢」



だから、私晴れが嫌で、曇り空好きなんです

悲しい気持ちになるから

と女は続けた



特に何を考えていたわけでもないが、唯一安らげる曇天の時に邪魔をされ、苛立たしげに女に視線をやった

こちらを見ていたらしい女と目が会い、目を見開く

女は、微笑んだ

よく知った笑顔だった




「貴方、いつも曇りの日ここにいますよね?」


「あぁ・・・」


「曇りの日しかいらっしゃらないから、もしかしてと思って

 曇り空、お好きなんですか?」


「あぁ・・・そうだな」



枯れたと思っていた涙が一筋、頬を流れた




晴天に刻まれた名




(えっ・・・ど、どうしたんですか?!)
(・・・)
(あれ・・・私、名前言いましたか?)
(いや。知っている、この世に生を受ける前から)
(やっと、やっとお前に伝えられる
すまなかった、と、感謝している、と)






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20140728
ぬぅん、ありがち!



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